日下 紗矢子
Sayako KUSAKA 《Solo Violin》

「モーストリー・クラシック」2008年11月号 掲載記事」

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日下 紗矢子

Sayako KUSAKA 《Solo Violin》

「モーストリー・クラシック」2008年11月号 掲載記事

新・録音の現場から File 05/村田崇夫(ハーブクラシックス代表)

2008年3月から、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートマスターに就任した日下紗矢子。日本を代表する期待の若手ヴァイオリニストとして、益々の活躍が期待される彼女だが、8月に一時帰国して、山梨県で初となるソロ・レコーディングを行った。録音元であるハーブクラシックス代表の村田崇夫氏が、そんな若き俊英のレコーディングに込めた思いや、手ごたえを語ってくれた。

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●日下さんをキャスティングされたきっかけを教えてください。

日下さんの演奏を初めて聴いたのは、未だコンサートマスター就任前に弾いたエネスコのヴァイオリン・ソナタでした。作品の解釈が素晴らしく技巧的にも完璧だったのは勿論、それ以上に、線の太い男性的ともいえる音色が魅力的で印象に残ったんです。

●今回の収録曲や、録音会場の選定についてお聞かせいただけますか。

収録曲は、バルトークとB.A.ツィンマーマンの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、そしてJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番です。全て彼女のリクエストで決まりました。現在もっとも興味があるという3曲を選んでもらったのですが、録音サイドからは、最初の2曲とJ.S.バッハの時間的な距離を埋めるのには、音の統一感ということで、少し苦労しました。今回のレコーディングは、ヴァイオリン・ソロなので、まずそれにふさわしいホール探しから始まりました。レコーディングの成否は、一重にそれに相応しい空間で録音できるかにかかっています。その点、今回は私たちがいつも使っているホールを押さえられた事は幸運でした。あとは、ノイズの原因となるこの時期特有の台風や風雨がないことを祈りながら3日間に渡るレコーディングをこなす毎日でした。

●レコーディングの手ごたえはいかがですか。

まず驚いたのは、曲想に応じて多彩に変化してゆく繊細な音色と、どんな難曲をも弾きこなす確かな技巧、それに優しく温厚な人柄が魅力的ですね。あと、レコーディング時に、「どのような音で録ってほしいか?」という問いに対して、きちんと答えられる演奏家は意外に少ないものですが、彼女にはきちんとした明確なイメージがあって感心しました。「独自の世界感を持って何か新しいことをしてみたい」と、どこかのインタビューで答えていましたが、その言葉通り、彼女にしかできない極上のアルバムが完成しそうな嬉しい予感がしています。バルトークはテツラフ(Virgin)、ツィンマーマンにはツェトマイヤー(ECM)という名録音がありますが、きっとその両者に少しも引けをとらない日本人ヴァイオリニストのデビュー盤をお届けしてみせます

●レコーディングという音楽表現にどのような理想を込めていますか。

レコーディングに際しては、今回の日下さんもそうですが、素晴らしい素材をその良さを損なうことなく料理するシェフの感覚で行う。そして演奏家から生み出される芸術に、決して色付けをしない。それが、私共ハーブクラシックスの録音制作ポリシーなんです。ですから今回も我々は、アーティストの心の響きを忠実に、最良の状態で記録することにだけ努めました。音楽の香りが沸き立つようなこだわりのレコーディングは、録音技師の井口啓三の手によるものですが、透明なコロムビアDENONトーンを継承しつつ、さらに進化した録音テクニックから生まれるサウンドは、ホールトーンを意識した自然な音質で、聴き手の皆さんをコンサートホールの最上席に招待することでしょう。

Takao Murata 音楽プロデューサー。

2002年10月にHERB Classics ハーブクラシックスを設立。
アントン・スタンチェフ(現ベルリン・ドイツ・オペラのトーン・マイスター)及び井口啓三(元日本コロムビア録音技師)の協力を得て、コンサートホールの自然な響きを最良の状態で記録する、こだわりの音質の録音制作を目指す。

取材・文:渡辺謙太郎